6回の転職をして10社を経験した是澤さんがいちエンジニアとしてSpeeeに入ったらいろんなことが面白くなってきた話【後編】

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6回転職をして10社もの会社を経験した是澤太志さんが辿り着いた先はSpeee。そのスピリットであるSpeeeカルチャーに心打たれたからだ。積み重ねてきたキャリアを捨て、いちエンジニアとして再出発した。そしていま、Speeeの組織作りに奮闘する日々を過ごす。そんなベンチャー時代の志士、是澤さんにエンジニアとしてのビジョンを伺った。 「6回の転職をして10社を経験した是澤さんがいちエンジニアとしてSpeeeに入ったらいろんなことが面白くなってきた話【前編】」では、是澤さん自身の経歴とSpeeeでの役割、そこで働くエンジニアの状況について語っていただきました。今回の後編では、エンジニアの未来についてと、是澤さんが今後やってみたいことについてお話しいただきます。

そもそもITなんて、特化された世界でしょ

──いまは技術の進歩も早いので追いつくだけでも難しくなっているように思います。
僕は平日はコード書いていなくて、土日しか書く機会はないんですが、いま、エンジニアの現場に入ってもやっていける自信はありますよ。当然最初はメンバーに劣るところもあると思いますが、同じ時間を費やせば負けない自信はあります。僕はやり始めたらとことんやる性分でして、実は1年くらい前から毎月200キロ走っているんです(笑)。この間、フルマラソンに初めて出て4時間35分くらいで完走しました。他の人なら途中で挫折するだろうな、という目標を掲げて達成感を味わうのが好きなんですね。マイノリティなことを達成することが好きなんです。

もともと僕はマネジメントに向いていない人間なんですよ。20代の頃は営業さんとか「プログラム書いていない人がなんでIT業界にいるんですか?」なんてことを平気で言っちゃうくらいエッジの効いたエンジニアでした(笑)。そんな感じだから30代の頃にマネジメントで失敗経験があって、悔しくて、本気でマネジメントについて学習しないといけない…と思って、ドラッカーとかちゃんと読んで勉強しました。そして周辺知識も身につけるために、コトラーとかポーターとかランチェスター戦略とかもインプットしたり。おかげでマネジメントでも少しずつ成果を出せるようになりました。いまではマネジメントに自分の経験からの哲学を重ねたりして、戦略家として成果を出すことにやりがいを感じています。

──野心家で負けず嫌い。ハートが強いですね。
もともとは弱いと思っていました。人と話すよりもコード書いている方が楽しかったし。飲み会とかもほとんど断ってたんですよ。でもマネジメントをするようになって、「人に興味を持って、視野も広くもたなきゃいけないな」と思い、そういったコミュニケーションも大事に考えるようになった感じですね。おかげで人が好きになりました(笑)

──ポジションにあわせて自分を変えている?
そうですね。自分の役割や立場などに対して、最適なのかはなにかを考えるようになってますね。それは「環境を変えるより自分を変えた方が早い」ということを理解したからだと思います。そして成果が出せるなら、周囲に対しても「ごめん!昨日までこう言ってたけど、やり方変える!」みたいに謝罪して自分を変化させるべきかなと思って。もしその変化を許してくれないのなら、それは成果に向きあえない組織でベンチャーでもないから関係もそこまでだよね、と割り切って考えるようになりました(笑)。

──話は変わりますが、今後、テクノロジーはどう変化していくと思われますか?
エンジニアの専門性は増していくと思いますね。いままでなんとなくやっていた技術が、奥深いところまで要求されるのではないでしょうか。事業やプロダクトはテクノロジーで差別化していくことが重要になってくるかなと思っています。技術の深掘りをしていかないと新しいアイデアも出にくくなるでしょうし、付け焼き刃の技術では誰にでも作れるプロダクトの品質になってしまうでしょう。
だから、エンジニアはさらに特化されたスペシャリスト化していくんだろうなと思っています。たとえば医療チームがまさにそう。医師だけでなく、看護師や薬剤師などのスペシャリストのメディカルスタッフがいて、ひとりの人間を救う。各々に専門領域がありスペシャリティの高い人たちが力を合わせることで、いままでにない成果を出せるのではないか?と最近は考えています。漫画・医龍にでてくるチームドラゴンなんかは個人的に理想のチームですね。

──スペシャリスト化していくためにエンジニアは今後、どうすればいいのでしょう?
好きなことかつ得意なことをやり続けることじゃないでしょうか。慣習化している人は強いですね。プログラマーだと家に帰ってまでコード書いている人が一番伸びたりする。長距離を走るのが苦手だった僕が、フルマラソンを5時間以内に完走できるようになるんですから、継続の力はやっぱり凄い。僕だからできたのではなく、継続さえすれば誰にでもできるようになると思うんですよ。でも、そこに楽しさを見いだせないなら継続できないし、継続できないと得意になっていかない。もしエンジニアの領域で好きで得意なことが見いだせないなら、キャリアチェンジも考えるべきなんじゃないかなぁとは思います。

──それは理想の世界?
僕は、ビットバレー時代以前にインターネットに熱狂していた人たちが理想としていた世界に近づいているような気がしています。そもそもITなんて、特化された世界でしょ。そんな世界なのにも関わらず、スペシャリストたちが冷遇されていた時代が長かったと思います。渋谷がビットバレーと呼ばれてからもうすぐ20年経ちます。IT業界もノウハウがたまり成熟しはじめてきて、技術も仕組み化が進み、一定のクオリティを担保して扱えるようになった。とくにインフラなんかはそうですよね。こんな時代になってきたからこそ、イノベーションを起こすためには、真のスペシャリストたちが活躍できる場所を作ることが大事だと思っています。

面白いことやってる、、、!まだ死にたくないって未来をつくる

──今後、やってみたいことはありますか?
近い将来、IT寺小屋をやってみたいと考えています。中高生のやる気のある子にプログラミングを教えて、高校を卒業する頃にはどこに行ってもエースを張れる実戦経験を持ったエンジニアに育てたい。人によっては自分で開発したサービスを事業化したり。実力さえあればどれだけ若くても世界にインパクトを与えるレベルで活躍できるんだということを、好きと得意で勝負して世の中に知らしめてほしいですね。いまのところ、そういう可能性があるのはIT業界だけだと僕は思っています。

実力さえあればやりたいことはできる。若いうちからそのことを経験して、スペシャリストから経営者になったり、アーティスティックに生きる人たちが増えて欲しい。その結果としてスペシャリストたちが大きな報酬やインセンティブを手にし、今度は投資する側の人間になる。技術やモノ創りを解っている人間が投資に回ると目利きがよくなるので「この技術いいね。投資しちゃおう!」って簡単に精度の高い決断ができる。そうなることで創り手たちが創作活動に集中でき、モチベーションもクオリティも上がると思うんですよ。日本と海外で大きく違うのは、IT業界においてそういったスペシャリストたちのエコシステムが少ないことだと僕は感じています。
エンジニアリングやモノ創りをする人たちが自由に活動できる空間がインターネットの楽しさの本質だと思っています。僕がいろんなところで言っている「インターネットを楽園<パラダイス>にしたい」というのはそれを実現することなんです。1990年代にインターネットにいた人たちが好き勝手やっていたところにビジネス色が強い人たちが入ってきて、IT業界は広がっていったけど、その空間はちょっと窮屈になった感じがしています。もっとクリエイティブに、もっとエンターテイメントとして表現できる空間がインターネットであり、そこが創り手たちの楽園<パラダイス>であってほしいなぁと。

──寺小屋はいいですね。
僕は吉田松陰が好きなんですよね。松陰がやったことは人を変えて、その変化した人たちが世の中を変えていったんです。僕が生きている間に世の中変えようと頑張っても、変えられることってたかがしれている。だったら若い世代の子たちが自分たちの未来をどう作りたいかを決めて動けるための活動をしたいです。そして、自分が死ぬときに周りを見てみたらみんな凄く面白いことやっていて「まだ死にたくない!」って思う。そういう体験をしたいですね(笑)。

──未来に生きるエンジニアへのメッセージをお願いします。
エンジニアとかクリエイターというのはモノ創りをする人間。ルールや世界は自らが創ってしまえ、と思います。理想と思い描く世界がないのなら、自分が第一人者として創っていく、そうやってリスクを負ってチャレンジしたものだけが見える世界がある。失敗しても、信じ抜いてチャレンジし続ける。そういう考えで行動できる人が増えてほしいと思っています。
想いや情熱がある人だったら、それに素直になって行動するのもありだと思います。エンジニアの自分だけでプロダクトやサービスを創り出せる力があるってことは凄い強み。創ってしまってそれを見せれば、投資したいと思える人とかファンとなってくれる支援者や仲間も集まってくる可能性もある。そういう感じで、初期リスクのない起業ができるのがエンジニアの強みだと思うんです。だから仕事をやりながら平日の夜や土日でも自分の可能性を広げることができる。

──そのためにもエンジニアは技術力を磨く。
そこはエンジニアを名乗る以上、みたいな(笑)。
──ありがとうございました。

あとがき

どうやら、是澤さんは会社をよくするだけでなく、日本をよくしたいと考えているようだ。是澤太志という名の通り、太い志があり、まさに長州藩を脱藩した吉田松陰の、明治維新で多くの若者に思想的な影響を与えた姿に重なる。
10社もの企業を経験した是澤さんを見ると、どこか武士のようでもある。「ちょんまげは?」と聞くと「断髪した」とのこと。ベンチャー時代に「技術」という「刀」ひとつで時代の夜明けをもたらす志士のひとりだといえる。

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株式会社Speee

解き尽くす。未来を引きよせる。
代表取締役:大塚 英樹
設立:2007年11月
本社:東京都港区六本木4-1-4 黒崎ビル5階
http://speee.jp/